プロ野球選手の年俸闘争について考える

佐々岡「ショック」の保留…越年も(ライブドア・スポーツ)
1億円UPも…球児「あえて」保留(ライブドア・スポーツ)
杉山また保留…自作リポート不発(デイリースポーツ)
ノリ「冷たい。寂しい」と態度を保留(ライブドア・ニュース)
G2年ぶり 矢野保留(スポーツ報知)
八木は5000万円を保留 稲葉、金村もサインせず(神戸新聞
確かに今オフのプロ野球契約更改で「保留」が目立つような気がする。ただ,決定的に主張が異なる保留もあれば,話を聞いただけで次はハンを押すよという保留もある。いろいろあるが,選手達は何と戦っているのだろうか。

以前はプロ野球というのは夢の世界であって,それはオフの更改のニュースまでも含まれる。「1億円到達!」なんてニュースは明るいニュースとして取り上げられていた。しかし今はどうだろうか。「勝ち組・負け組」「格差社会」などの流行語が並ぶ中でプロ野球選手がいくらもらおうが「もらいすぎ」「なんでそんなニュースやるの」と冷ややかであり,保留などしようものなら好感度が下降することにつながり翌シーズンのヤジの材料になる(これはいつの時代もそうか)。

選手達も,このひずんだ構造に気づいているのではないか。その証拠のひとつとして近年こういうセリフが目立つ。「こんな評価では後輩達・将来このポジションをやる人がかわいそう」。近年中継ぎ投手の評価が向上しているのは,阪神藤川らが自らの活躍にプラスして中継ぎの難しさを切実にアピールしているように感じられるが,それを将来の同じところを務める人間の分まで慮っているように訴えるのだ。

確かに従来地味で給料も安いポジションだったところが意外にもらえるところになれば配置転換もしやすくモチベーションの維持向上に役立つかも知れない。しかし,そのような論理で行けば「自分のバッティングができない2番バッターをもっと評価しろ」「次がピッチャーでプレッシャーの大きい8番を評価しろ」なんて何とでも言い訳が利いてしまい,単に選手全員の年俸が上がるばかりである。

一方で,選手達はやがては今ほど給料がもらえない時代を見据えているのだろうか。ちょこっとJリーグを見てみると,プロ野球のように1億円をもらえる選手などほとんどおらず,注目すべきは監督の待遇のよさである。監督に関しては年俸1億という数字も見られ,選手をリタイアしてからもサッカーに携わって指導者でがんばろうと思える。ひるがえって野球で見ると,古田プレイングマネージャーの更改でも明らかになっていると思うが監督としての年俸はどうしても選手に劣るわけである。

長いスパンで考えるならば,監督やコーチについての待遇改善が選手達の年俸高騰を抑制するのかも知れない。